産まない自由、産む自由

思い返せば、私は子どもが苦手な子どもでした。子どものくせに。いえ、それが子どもだった証拠か。。。2児の母となり、やはり子育ては得意ではないなぁ~などと我が子に失礼なことを考えながらの子育てをほぼ終え、今、なぜか、また子どもに関わる活動を少しだけしています。人さまの子どもとの付き合いが面白いのは、言ってしまえば無責任だからでしょうか。わかりやすい嘘も、少々乱暴な行動も、フフッと笑って受け止めたり流したりできます。これが24時間、毎日の付き合いとなれば、事情は変わってくるのかもしれませんが、子どもそれぞれの思いも寄らない発想には、いつも驚かされ、凝り固まった頭をバコーン!と殴られたような爽快な気分になります。

結婚が家マターから個人マターに移行し、女性の社会進出が(良くも悪くも)進み、子どもを産まない自由は獲得できたと捉えますが、産む自由はまだまだ。たくさんの人の手と眼差しがあれは、母親一人で抱え込まない子育てができるのではないかと考えています。子どもはまるで自然の一部のようだと感じることがしばしば。子どもを産まない選択をした人もたまたま子どもを持たなかった人も子育てをとうに終えた人も、男女とも、気負わずに子どもと触れ合う場を作りたいと思います。森林浴ならぬ「子ども浴」で心をリセット。

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コメント: 1
  • #1

    副のすずき (日曜日, 23 10月 2016 03:17)

    わ!大口あけて、笑っておる。
    本当、人の子には、「それでいいのよ〜」って、かなり無責任に言ってしまえる。。
    そういう、無責任さと、おせっかいがないまぜになった、生暖かさが今の緊張感ありありの子育て環境には必要だよね。おせっかいおばさん、おるたんに来て来て!